日本初のピアニストと言われる幸田延は明治の文豪、幸田露伴の妹だった

日本で最初のピアニストは、1870年生まれの幸田延(のぶ)とその弟子だった久野久(ひさ)というふたりの女性でした。
幸田はウィーンに留学しピアノを学ぶのですが、「東洋人と女性にはピアノは弾けない」と言った有名なピアニストもいたくらいですから、ふたりはたいへん苦労をしました。
幸田は、25歳の若さで東京音楽学校の教授に就任するのですが、その豪快な性格は有名で、「上野の西大后」といわれ、山田耕筰等も頭が上がらなかったということです。
また、実兄に、明治の文豪、幸田露伴がおり、「五重塔」をはじめ数々の名作を残しました。
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